Return to site

イツワルセカイ。1.5/ライアフター

※「イツワルセカイ。-Relight My Soul-」の後日談となりますので、ネタバレにご注意ください。また、シナリオテキスト形式での掲載となっております※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には優しい姉と、俺の死を淡々と望む兄がいる。どちらも、本当のきょうだいじゃない。

姉は普通に学院に通っているけれど、兄はいつも地下室で分厚い医学書を繰っていた。

陽だまりの中で歩む姉と、夜の底に留まる兄。交わらない世界に住む二人は、それでも不思議な縁で結ばれていて、俺の理解が及ばないような絆で繋がっているように思える。

社会人になった姉と家を出る時、兄もいつの間にかいなくなっていた。姉は、別のところに住んでいるとしか言わなかった。

今ならクレアさんのところに居たのだと思えるのだけれど、当時はこの暮らしに飽いてどこかへ消えてしまったのかと思った。

寂しいと思ったと同時に、安心していた自分もいた。いつでも退屈そうな眼差しをしていた彼を、誰も自由にはしてあげないのだろうかと思っていたから。

兄は、偶に会う時も変わらず爽やかな呪詛を吐いた。シンプルな一言、「死ね」。

本来傷ついて然るべきなのかもしれないけれど、彼が俺を本気で嫌ってはいないことは知っていた。

嫌々でありつつも子守りはしてくれていたし、面倒くさいと言いつつ泣いても怒ったりはしなかった。

本気で死を望むのであれば、幾らでも息の根を止める機会はあった。しかし、彼は暴力一つ振るわなかった。

【ベルタリウス】『俺の楽しい楽しい暴力の時間を、お前なんかに割いてやるものか』

後年になって、このような言葉を聞いた。暴力が好きだからこそ気に入らないやつには振るわないというその理論はよく分からなかったけど、それでも、本気で存在を厭うのであれば格別に拘ったりしないタイプだろうとは勝手に思っていた。

姉の方ともひと悶着あったけれど、そのわだかまりが解け――俺は兄とも、もっと接点を持ちたくなっていた。

これは、そんな折の出来事だった。

進路希望の紙が配られた時、どうすればいいのか正直分からなかった。

だって、まだまだ先の話だ。だけど、これから先歩いていく道を決めるためには、ぼんやりとでも決めていかなければいけない。

【ライ】「ねぇマシロ。進路のことなんだけど、何か決めてる?」

だから、最初はマシロに聞いてみた。彼女がどこに行きたいのか知れば、俺はそれを助けるための道に進むかもしれないと思った。

【マシロ】「……いや。私も、まだよく分からないんだ」

【ライ】「そ、そっか。そだよね……」

それはそうか。それに、マシロの行く先について行く気満々なのは、男としてはちょっと情けない。

こういう時にいつも答えをくれるのはアルフィーネさんだから、俺は昼休みに早速彼女のもとを訪れた。

【アルフィーネ】「進路の話ですね?」

俺の前にハーブティーを置きながら、彼女は殆ど断定形で切り出してきた。

【ライ】「えっと、……はい。その、何になりたいとか――まだよく分からなくて」

【アルフィーネ】「そうですね。そんなにカッチリ決めなくとも良いですよ? ぼんやりと、将来どんな人間になってどういう暮らしがしたいのか……程度で」

【ライ】「……うむむ」

少し、考えてみる。どんな人間になって、どういう暮らし……。

【アルフィーネ】「前者はともかく、後者は描きやすいのではないでしょうか。少なくとも路上で生活はしたくないでしょうし」

【ライ】「そ、そうだね……普通の、アパートとかに住みたいな」

【アルフィーネ】「アパートで暮らせるだけのお給料を貰える仕事に就く、と。これで少し狭まりましたね。他に希望は? 猫が飼いたいとか、休日は旅行に行きたいとか」

【ライ】「…………マシロと住みたい」

【アルフィーネ】「おませさんですねぇ」

【ライ】「う、うう。ごめんなさい……」

【アルフィーネ】「と、なると。マシロを養いたいのですか?」

【ライ】「場合によっては。でも、マシロも働きたいと思う」

【アルフィーネ】「専業主婦は合ってなさそうですもんねぇ。それに、そういう時代でもない。マシロにも働いてもらうのなら家賃は折半ですが、広い部屋が良いですね」

【ライ】「うん」

【アルフィーネ】「マシロより良いお給料が良いですか? 男の方が下というのは辛いものがあるでしょう」

【ライ】「えっ、いや、それは……どうかなぁ。でも、あんまり下は嫌というか、同じくらいがいいかな……」

【アルフィーネ】「成程。マシロが何になりたいのかは知らないですが、彼女は十分高給取りになれる能力がありますからねぇ。専門職に就く可能性も高いかな」

【ライ】「……う、うーん」

【アルフィーネ】「まぁそれは置いといて、少しでも興味のある職はありますか?」

【ライ】「…………先生、かな」

【アルフィーネ】「先生? 学校の?」

【ライ】「うん。その、アルファさんが働いている姿を見て、凄いなぁとか、尊敬する部分は沢山あったから。そういう風に憧れて貰えるような人になりたいとも、思ったりして……」

正直にそう言うと、彼女は目尻を下げて笑った。

【アルフィーネ】「そうですか。今はそれで十分ですよ。進路用紙にはそう書いたらいいと思います」

【ライ】「……はい」

【アルフィーネ】「貴方に出来ることを、貴方がしたいことを仕事にしてください。後になって、それが教師という道でなくなっても構わないですから」

【ライ】「はいっ」

とりあえず、未来が拓けた。そのとき俺は希望を持っていた、はずなんだけど――。

【検査結果報告書】
 検査内容:魔術回路検査
 検査理由:魔術の使用が一時的に行えなくなった症状から
 対象:ライ=グレイリー
 結果:回路の著しい歪曲を確認
 報告事項:成長とともに歪みが見られ、数年中にはほぼ行使が出来なくなるものと思われる
 今後の対策等:修正は困難を極めるため、非適合者コースへの移籍・並びに進路の調整を行うことを推奨する

【ライ】「……はぁ」

貰った報告書を、何度も何度も読み返しては溜息をつく。

始まりは唐突だった。授業中、急に魔術が使えなくなって、それから検査を行った。

その結果が、今手の中にある紙の上に記されている。

【アルフィーネ】『気を落とさないように、とはとても言えません。気を落として当然ですし、沢山悩むところです。ですが、そこで立ち止まり続けてはいけません』

俺から報告書の内容を聞いたアルファさんは、正直にそう言ってくれた。

【アルフィーネ】『貴方の希望していた道は、とても狭き門となってしまいました。他の道に進むか、それともハンデを理解した上で希望を通すか――ゆっくりで構いませんので、考えてみてください』

それから彼女は、魔術という才能が教職に必要な理由を俺に教えてくれた。

それらは大変納得のいくもので、だからこそ確実に俺の足場を切り崩していく。崖崩れが起こる一歩手前で、ようやく立っているような気持ちだった。

――考え込んでいると、こんこんと遠慮がちなノックが鳴った。

【マシロ】「ライ? 起きてる?」

【ライ】「起きてるよ。開いてるからどうぞ」

紙は机の中に隠して、マシロを促す。おずおず、といった感じでマシロが中に入ってくる。

【マシロ】「お腹空かないのか? ごはん、半分くらい残してただろ」

【ライ】「んー……うん。平気。中等部への進学試験ももう直ぐだし、ダブルで緊張しちゃって。あはは」

笑ってはみるけど、マシロは笑い返してはくれなかった。

【マシロ】「ごめん。気の利いた慰めとか……、できたら良かった」

【ライ】「……ううん。いいよ。マシロも色々大変なのにごめん。卒業式の答辞、考えなくちゃいけないんでしょ?」

毎回、卒業生の答辞は成績優秀者が任される。だからマシロが選ばれたことにも俺は全く驚かなくて、ただただ祝福する気持ちでいっぱいだった。

別に俺は、何の肩書きもない卒業生Aで良かったんだけど――良かったん、だけど……。

【ライ】「ごめんね。考え、まとまらないや」

頭の中がぐるぐるだ。今日届いた検査結果をアルファさんやマシロに隠せるわけもなくて、そもそも、隠したいと思った自分が、嫌だった。

心のどこかで、非適合組と呼ばれる魔術の使えない人々を下に見ていたのかもしれない、なんて。

マシロはただただ、悲しそうな顔をする。眉を寄せて、目を伏せる。

【ライ】「そんなに悲しそうな顔しないで。もっとずっと、笑っていてほしいんだ。そう思う気持ちだけは、これから先もずっと変わらないつもり」

【マシロ】「ライ……」

【ライ】「そんなに気を遣わないでいいよ。ひとりでちゃんと整理が出来ないとダメなとこもあるし。アルファさんにもそう言ったんだ」

俺はもう一人で泣き止めるし、これはもう、極論からすれば俺の気持ちの問題でしかなくなっているんだ。

どうにかすることが出来ない現実が横たわるのなら、どうにもできないことを嘆く自分をなだめるしかない。

【マシロ】「魔術が使えなくても、教師にはなれるだろ……?」

【ライ】「なれないこともない、けど……狭き門になるって、アルフィーネさんに言われたよ」

目の前に開けていた道は、急にとても狭いものになってしまった。俺が選択した教師への道も、今はひたすらに険しい。

【マシロ】「どうして? 別に魔術指導でなければ……」

【ライ】「魔術が使えない教師に、魔術の使える子どもの指導は難しいんだって。生徒が暴走した場合に止める力がないのは相当な痛手だと思う。それに、マシロも知ってる通り、就職においては全般的に困難になるんだ」

【マシロ】「そんな……」

【ライ】「大丈夫だよ。マシロはマシロのことをちょっとは考えて?」

【マシロ】「で、でも……一人で溜め込んでたらダメだぞ……?」

【ライ】「うん。辛いときはちゃんと言うから、安心して」

【マシロ】「何かできることあったら、言ってほしい。……ないとは思うけど」

【ライ】「そんな寂しいこと言わないでよ。手、出して」

【マシロ】「手?」

【ライ】「少しだけ貸してね」

その手を取って、自分の頬にあてた。

【マシロ】「えっ……」

【ライ】「あったかくて、落ち着くよ」

【マシロ】「う、うん……」

【ライ】「ありがとう。大好きなマシロ。俺、たぶんきみが居なかったらもう半分のご飯も残してたよ」

【マシロ】「そんなこと言うなら、私がいるならぜんぶ食べるくらい言えよ」

【ライ】「そうしたいよね。うん、頑張る」

【マシロ】「頑張らなくていいから……」

【ライ】「ううん。頑張るよ。頑張りたいから。頑張れるって信じてよ」

【マシロ】「うん……」

【ライ】「ありがとう。なんだか、ぽかぽかした」

そっと手を剥がすと、マシロはなんだかもじもじした様子でこちらを見ていた。

【ライ】「どうしたの?」

【マシロ】「えっ、いや……なんだか最近、王子様みたいだなって……」

【ライ】「それは贔屓目が過ぎるよね」

褒めてくれるのは嬉しいんだけど、俺ってすごくちんちくりんだもんなぁ……。

【マシロ】「慰めに来たのに、これじゃ立場が逆みたいだ」

【ライ】「いいよ。逆じゃ俺が困るっていうか、情けないもん」

【マシロ】「むぅ……そうか? まぁ、ちょっとは調子戻ったみたいで、良かったけど……」

【ライ】「うん。マシロのお陰だね。ありがとう」

【マシロ】「なんだか終始お前の掌の上みたいだ」

【ライ】「自分で言うのもなんだけど、居心地のいい手のひらだと思うよ」

【マシロ】「もう」

と、唇を尖らせてマシロがそっぽを向く。出会った時よりずっと女の子らしくなっている気がする。

俺たちは大人になってるんだなぁ、って、なんとなく感じられる瞬間が増えた。どんどんお互い、別の性別により近づいていく。

【ライ】「俺、もう寝るね。明日はベルタリウスさんと剣の稽古の日だから」

【マシロ】「えー……まだあいつのとこに行くのか……やめとけよ……」

【ライ】「俺はベルタリウスさんと仲良くなりたいの」

【マシロ】「ええー……」

【ライ】「ロルさんから良いとこいっぱい聞いたでしょ」

【マシロ】「うん。主に、顔と体な」

【ライ】「マシロもたまには早く寝たら? 最近、ロルさんから借りたすごく薄い本ばっかり読んでるみたいだけど」

【マシロ】「いやあれは別になんでもなくてロルが貸すから読んでるだけっていうか私は別に何の興味もないんだけどなうん」

とても早口だった。

【マシロ】「一緒に寝てやろうか?」

【ライ】「やめとく。アルファさんに怒られるよ」

【マシロ】「むぅ」

【ライ】「どきどきして、眠るどころじゃないよ」

【マシロ】「まぁ、確かにな」

可愛いなぁ。ぎゅーっと抱きしめて眠りたい気持ちになっちゃう。しないけど。

【ライ】「じゃあ、おやすみ」

【マシロ】「おやすみ。考えるのやめて、たっぷり寝るんだぞ?」

そして、頬にキス。

マシロは何も言わずに真っ赤な顔で逃げていき、俺はなんだか照れるよりおかしくなった。

……くすぐったいや。今日はもう、この幸せな気持ちのまま眠ろう。

【ライ】「――いっ、だっ!!」

細身の剣が転がる、鉄の音。土煙が上がり、「ざりっ」とした痛みが頬に引き延ばしたように広がる。

【ベルタリウス】「……はぁ」

無様にグラウンドに倒れこんだのだと理解すると、頭上からは淡い溜息が降ってきた。

【ベルタリウス】「なにゆえ、お前のようなクソガキをやさぁしく転ばして身の程を教えてあげるボランティアをせねばならんのだろうか。俺の貴重な睡眠時間を返せよ、なぁ」

ぐりぃ、と頭を軽く、靴先で撫でるように踏まれる。

【ライ】「……うう」

立ち上がり、頬を拭う。案の定、血が出ていた。

【ベルタリウス】「応急処置ぐらいは自分でできるだろう」

【ライ】「できたんですけど、……できないんです。今は、ちょっと。調子が……悪くて」

【ベルタリウス】「あ?」

【ライ】「このまま行くと、魔術、使えなくなるみたいなんです」

【ベルタリウス】「そうかよ」

事情は知らないが同情する気もない、といった態度に却って救われる。良かれ悪かれ態度を変える気はないということだ。彼のこの一本調子な感じが割と好きかもしれない。

【ライ】「この前の検査で分かったんですけど、魔術回路が歪んでるみたいで」

【ベルタリウス】「ハハッ!」

笑声と共に、ぱちぱちと拍手の音。

【ベルタリウス】「おめでとう、ライ=エイヴォリー。お前もマジック・デバイドの犠牲者の仲間入りだ。将来を約束された勝ち組コースから転落した気分はどうだ?」

【ライ】「…………」

訂正。事情によっては多少、同情してほしい。

【ベルタリウス】「しかし、そうか。魔術回路が歪んでいる訳か。こいつにレントゥスが遺伝しなかったのはそのためか?」

【ライ】「は、はい?」

【ベルタリウス】「いいや、何でも。しゃあねぇ、手当てするか」

ベルタリウスさんが歩んできて、俺の頬に手を翳す。

【ベルタリウス】「いたいのいたいの、いたくなれ。もっともっと、いたくなれ」

治りそうにない文言と共に光が放たれ、頬から痛みが掻き消えた。

【ライ】「ありがとうございます」

【ベルタリウス】「このようにしてお前は、この先の人生ずうっと、魔術の使える人間に貸しを作っていくわけだ。この屈辱に慣れていくがいい」

【ライ】「……貸しとか、そんなんじゃないと思います。人によって、出来ることと出来ないことがあるだけだから。俺は俺に出来ることをします」

【ベルタリウス】「ほーう。で? お前に出来ることとは?」

【ライ】「それは……えっと。これから、がんばります……」

「傑作」と言わんばかりに、くっくっと笑われる。

【ベルタリウス】「いやぁ、いいことを聞いた。輝かしい将来を約束され、周囲の人間にも恵まれ、キラキラの良い子ちゃんだったお前が、これから徐々に捻くれた嫌な大人になるんだなぁ。俺は嬉しいよ。飯でも奢ってやろうか?」

すごい喜びようだった。

【ライ】「人の不幸って、そんなに嬉しいものですか?」

【ベルタリウス】「まだ良い子ちゃんでいたいのであれば、『不幸なんかではないです、できることが少し減っただけです』ぐらいは言っておけ」

【ライ】「そこまで前向きにはなれないです」

【ベルタリウス】「へぇえ!」

蒼い隻眼がきらりと光る。とても愉快なものに見られているみたいだ。

【ベルタリウス】「ならばもっと足を引こうか。俺はお前を悪の道に引きずり下ろすことに関しては努力を惜しまない」

【ライ】「わるいことはしません」

【ベルタリウス】「悪いことじゃあないぞ。お前の知りたいことを調べてやろう。それは俺の知りたいことでもある」

【ライ】「俺の――知りたいこと?」

【ベルタリウス】「母親が一体どこの誰なのか、知りたくはないか?」

心臓がどきんと跳ねる。

そういえば、そうだ。父さんはクレスさんとして、俺の母さんは――。

【ベルタリウス】「勿論、どこの誰だか分からないかもしれないし、知りたくもなかった事実である可能性も十分にある。それでも、知りたいとは思わないか? アルフィーネはきっと教えてくれないだろう」

【ライ】「それは、今知る必要がないってだけで、きっと大人になったら……」

【ベルタリウス】「堪え性のある子どもで良い訳か。『今』知りたくはないのか? 少し前に、アルフィーネの秘密を欲しがったように」

俺は何も言えなくなる。「我慢します、だってアルフィーネさんがダメだと言うなら」。その一言が、咄嗟に出てこなかった。

【ベルタリウス】「俺だって徳高きアルフィーネ先生がいけないと仰るのならばやらないさ。しかし、まだ何も言われていない。お伺いすら立てていないからな。即ち、俺たちの想像の中でしか否と言われていないことになる」

【ライ】「むちゃくちゃですよ」

【ベルタリウス】「お前に足りないのは無茶苦茶さだ。無理にそうさせる義理なんざどこにもないが、今回はそうなることで俺の知的好奇心も満たしてくれそうなんでな」

【ライ】「『まだ』何も言われていないってことは、話したら言われる可能性もあるってことですよ」

【ベルタリウス】「だから、言わない。嘘と秘密は別枠だ。秘密を持ちたくはないか、ライ=エイヴォリー?」

「秘密」。その一言に大いに心を揺さぶられる。マシロとのそれもそうだったけれど、後ろめたい甘さがある。

知りたい望みと、彼の言う「良い子」から一歩踏み外したい気持ちと、兄との秘密を持ちたい欲。それらがない交ぜになって、俺の中をぐるぐる掻き回す。

【ベルタリウス】「もっとシンプルに問おうか。自分が何者であるか、もっと詳しく知りたくはないか?」

【ライ】「……知りたいです」

ダメ押しのように問われて、俺は思わず頷いていた。しまったという気持ちが胸の中に広がる中で、兄の満足そうな顔を快く思う自分もいる。

【ベルタリウス】「よぉし、それなら準備をしよう。明日、何か用事はあるか?」

【ライ】「放課後なら空いてますけど……」

【ベルタリウス】「そうか、ならば明日、一人で駅まで来い。俺の隠れ家でDNAを採取しよう」

【ライ】「ええっ?」

俺が驚いたのは、DNA採取うんぬんよりも隠れ家(初耳だった)に俺を入れてくれるらしいというところだった。勿論もてなしてくれるなんて欠片も思ってはいないけれど、知的好奇心って凄いなぁ。

【ベルタリウス】「当然のごとく、誰にも知られるな。ロリドラゴンにもな」

【ライ】「マシロにも? 別に、マシロなら秘密を守ってくれると思いますけど……」

【ベルタリウス】「お前が真実を知って、べらぼうに傷ついてもそうか? アルフィーネに事の仔細を話しに行かないと言い切れるのか」

【ライ】「それは……」

違う、と思う。違うと言い切れる。マシロの善良さを信じるからこそ。

【ベルタリウス】「お前がもしも、めためたに傷ついてしまっても、何かの拍子に深めるには十分すぎる悩みを抱えているじゃあないか。その切っ掛けとやらは俺が適当に考えよう」

【ライ】「いたれりつくせりですね」

【ベルタリウス】「それがもっと、ひとを恨むような目をして皮肉として言えるようになれるための手助けだよ」

やっぱり、とてもいけないことに足を踏み入れた気がした。

それでもこの兄が心を尽くして俺を傷つけようと意気込む姿を、特に嫌とも思えないんだ。

冬の終端の景色を、マシロと二人で歩いて学院に向かう。

もうすぐ3月。けれど吐く息は未だに白くて、空気は凍えている。

【ライ】「ねえ、マシロ」

【マシロ】「うん?」

【ライ】「将来の夢、決まった?」

【マシロ】「ないしょ」

これが決まり文句だった。俺の夢は知ってるくせに。

【ライ】「マシロはきっと、頑張れば何にでもなれるよ」

【マシロ】「簡単に言うなぁ。自分は努力しても無駄みたいに言うし」

【ライ】「無駄かどうかは知らない――けど。最近、努力する意味を改めて知りたいって思ってるかも。なんだか少し、疲れちゃってさ」

【マシロ】「……そうか」

マシロの横顔は、何かを思案していた。慰めを欲しがってるみたいに思われたかな。いや、実際欲しいかもしれないけれど。

【マシロ】「そういえば、体はもう痛くないか? 昨日、あのイケメンキ×ガイに転ばされたんだろ?」

【ライ】「もう大丈夫。それに、別に悪意があってそうした訳じゃあないよ」

【マシロ】「それでも、あのド外道に師事しようという気持ちが私には理解できないんだけどな。お前、延々と死ねって言われてきたのに」

【ライ】「あのひとは、心の底から俺の死を望んでいる訳じゃないよ。ちゃんと確証があるんだ」

【マシロ】「お前はお人よしだからなぁ……」

【ライ】「ううん。そうじゃないよ。暴力じゃないけど、殴ってもらったことがあるんだ」

【マシロ】「それ、暴力だろ……どう言いつくろっても……」

【ライ】「違う。叱ってもらったんだ。俺が悪いことをしたから」

昔、行ってはいけないと言われたのに、家の裏の山に足を踏み入れたことがある。

単純な好奇心と、禁止とされた行為をしてみたくなる気持ちがあった。

案の定迷って、転んで、泣いているところに猛然と殴りかかってきたのは――兄だった。

【ベルタリウス】『殴りたくもなかったが、殴らないといけない気がした。なんとなく』

そう言っていた。当時の俺はひどいと思って更に泣いたものの、後年、暴力は楽しむものと思っている兄が自らそれを破ったことに対して気づいて考えを改めた。

【ライ】「――だから、俺の中ではあれは暴力としてカウントされないんだ」

【マシロ】「……ふぅん」

常に俺の味方でいてくれるマシロは、兄の行いを肯定して称えるまでにはいかなかった。けれど、優しく慰めるべきだったとは言わなかった。その立ち位置でいてくれることが有難い。

【マシロ】「ライ、帰りにクレープ食べに行かない?」

放課後、そんな風に誘われた時は心臓が跳ねた。そうだ、これから嘘をつかないといけないんだ。

【ライ】「ご――ごめん。その、今日は一人で考え事したいんだ。どこか落ち着ける場所探してさ」

【マシロ】「あ……うん。そっか」

【ライ】(ううっ……こんな風に言ったら確かにマシロも大人しく引き下がってくれるけどさ、人の良心を利用するのってすごく気が引けるよ……)

【マシロ】「私も、答辞を書き上げようと思ってさ。あとちょっとだし」

【ライ】「あ、そうなんだ。作文とか苦手なのに、偉いね」

【マシロ】「苦手だから、やりたいと思ったんだ」

即答した彼女が、やっぱり好きだなぁって思った。

アルファさんに指導を頼んで、何度も何度も書き直していた。

【ライ】「頑張って。俺、卒業式を楽しみにしてる」

そう言うと、マシロはくすぐったそうに微笑んだ。

【マシロ】「あんまり遅くならないようにな。アルファには言っとくから」

【ライ】「あ、うん。マシロも、気をつけて帰ってね」

「ん」と軽く微笑んで、マシロが教室を出ていく。

見送っていると、背中を誰かの手がばしんと叩いた。

【ジャック】「よーうライ! 夫婦喧嘩かー? おっ、わかったぞ。ケンタイキか!」

【ライ】「別に、そんなんじゃないよ。たまにはお互い好きなことしようってだけ」

【ジャック】「……なんかお前ら、ほんとに夫婦みたいだ……」

【ライ】「ジャックは? 今日もサッカー?」

【ジャック】「うん。俺、サッカー選手になるんだもん」

当たり前みたいに将来の夢を語られて、俺はなんだか胸がぎゅっと苦しくなった。

【ライ】「でもジャック、魔術の才能もあるよね? そっちは?」

【ジャック】「保険みたいなもんかなぁ。サッカー、もしダメになったらそっち行く」

【ライ】(あ)

胸の中で、嫌な感情がどろっと溶ける。

持っている人の傲慢みたいなものを感じてしまった、そんな自分が嫌になる。自分だって「持ってる」時は、当たり前のようにその傲慢を振りまいていたっていうのに。

【ジャック】「ん、どした? 具合悪い? 最近寒いもんなーっ。それなのにお前、半袖だし」

【ライ】「あ……ううん。どこも悪くないよ。ジャックこそ、寒いのにいっつもサッカー……」

【ジャック】「当たり前じゃん、好きなんだから。それを仕事に出来たら最高だよなー。世の中甘くねぇらしいけどさ」

夢に向かってがむしゃらにひた走ることのできるひとは、とっても眩しい。今はサングラスが欲しいくらいだ。目と心が灼けそうになる。

【ジャック】「ライは将来、何になるん?」

【ライ】「学校の、先生」

【ジャック】「おっ、すげー。やっぱアルフィーネ先生の影響?」

【ライ】「……やっぱり分かる?」

【ジャック】「めっちゃ分かる。ま、お前には向いてるかもなー。頑張れよっ、応援してる!」

ばしん、と俺の背中にやる気を注入して、ジャックは教室を抜けていった。

…………。

【ライ】「って、いうことがあったんです」

【ベルタリウス】「お前の頭の中に保存したゴミを俺にわざわざ見せるんじゃねえよ」

駅から徒歩で移動中、俺はベルタリウスさんに先ほどの出来事を語っていた。

路地裏に入り、黙々と歩いていたから、つい。このひと、歩調を合わせてもくれないし。

【ライ】「俺も何か一つ、何でもいいから才能が欲しかったかも、なんて」

【ベルタリウス】「そうだな。今のお前は前向きでもなければ魔術も使えないクソガキだものな」

ぐうの音も出ない。特に、前向きなのは俺の取り柄みたいなものだったから。

【ライ】「たくさん努力すれば、何とかなるんでしょうか」

【ベルタリウス】「努力というものは才能には勝てない。どう足掻いてもな。元あるものを伸ばす行為は、元が良くなければ限界が知れている。伸ばしても伸ばしてもあと一歩が届かないが、その致命的な一歩は金でも努力でも決して埋められはしない」

【ベルタリウス】「そもそも、天才というのは大概頭がおかしくてな。お前らの言う努力をライフワークとして組み込んでいる。《中毒者/ジャンキー》の如く、努力を努力とも思わず息を吸うように努力キメてる奴に非常習者が努力して勝てるわけねぇだろ」

【ライ】「……じゃあ、才能のない人はどうすればいいんですか?」

心底面倒くさい、というような態度でベルタリウスさんが振り返る。

【ベルタリウス】「才能のある人間の補助をする。これに尽きる。主役に立たせるに値しない」

【ライ】「でも、努力をすれば主役になれるってケースはたくさんありますよ」

【ベルタリウス】「坊や。そいつは天才でないにしろ、少なからずの才あるものが努力したパターンだよ。それでも確率的には絶対じゃない。お前は大人しく舞台裏に居るか観客席に座ってろ」

【ライ】「才能がなかったら、最初からその二択しかないんでしょうか」

【ベルタリウス】「最初からその二択をしておけば良かったのに、下手に努力や投資をしくさって圧倒的な才能の前に崩れ落ちることになるんだろうな」

だが、とベルタリウスさんは続ける。

【ベルタリウス】「そういう風に、グシャッと潰された人間が俺は嫌いではない。その後ぐちぐち拗ねすぎていなければだが」

【ライ】「…………」

【ベルタリウス】「お前ももっと、バキバキにへし折れるべきだよ。そうしてめちゃくちゃに歪で愉快な人間になるんだ。醜さを誰にも愛して貰えないぐらいに」

【ライ】「そこまではなりたくないですけど、でも、最近嫌な気持ちばかり抱えてるなって気はします」

【ベルタリウス】「良い傾向だ」

呟いて、ベルタリウスさんは壁のスイッチを押した。

えっ……スイッチ……? と思っていると、壁が移動して、そこに扉が現れた。

【ベルタリウス】「入れ」

促されて、恐る恐る中に足を踏み入れる。

 

中は病院の中みたいなリノリウムの床で、消毒薬の匂いがする。

そして、中央には手術台。その上に布で覆われた「何か」が寝かされていて、俺は思わず悲鳴を上げそうになった。

【ベルタリウス】「なんだ、興味があるのか。捲ってみろ」

【ライ】「いいえ。えんりょします」

【ベルタリウス】「そうか捲らんのか、では俺が。えい」

【ライ】「わーーーーっ!!」

ばさりと大胆に捲られた布の下には、意外な人が寝かされていた。

と、いうより……これは……。

【ライ】「ベルタリウスさんですよね。ベルタリウスさんがベルタリウスさんを殺してしまったんですか」

【ベルタリウス】「そうそう、俺が俺を殺して俺が通報して俺が俺を逮捕したんだよな。で、今ここにいる俺は何だと思う?」

【ライ】「まるでいみがわかりません」

【ベルタリウス】「茶番は置いといて、それは予備の体だ。武装召喚を利用すれば体ごと入れ替われるって寸法」

【ライ】「え?」

【ベルタリウス】「勘の悪いガキだな。大嫌いだよ。俺はほとんど生身のパーツは持っていない、機人と呼ばれる人種に該当する」

//【機人】体の95%以上が人造の人間をこう呼ぶ。

【ライ】「ふぇ」

なんだか唐突に、そのようなことを暴露された。

【ベルタリウス】「だから何だ、という話ではあるが。秘密が欲しいお前に出血大サービスだ。べる汁ぶしゃー」

【ライ】「誰にも言ってないんですか?」

【ベルタリウス】「勘づいてるやつもいるし、アルフィーネやエリシアは知っている。積極的に言ってはいない。必要もないし面倒くさい」

【ライ】「は、はぁ。あの、有難うございます」

【ベルタリウス】「いいや? これから俺は十分に過ぎるくらいの対価を貰うのでな。さぁ、口をお開け」

細長い容器を取り出し、ベルタリウスさんがにやりと笑う。

【ライ】「あの、それでなにを」

【ベルタリウス】「唾液を採取する。そして、それを専門の機関に送って結果を待つ。これで終わり」

【ライ】「簡単なんですね」

【ベルタリウス】「そうだな。さぁ涎を垂らせ。何なら肉でも焼いてやろうか」

【ライ】「×学生にヨダレを垂らすように迫るのは、じあんとゆうやつ、なのでは……」

【ベルタリウス】「お前をこんがり焼いてやろうか?」

【ライ】「ごめんにゃひゃい」

唾液を採取したあとは、早々に隠れ家を追い出された。

楽しく歓談できるような間柄でもないけれど、なんだか寂しい。けれど、兄がなし崩しとはいえ自身の領域に入れてくれたのは単純に嬉しかった。

マンションまでとぼとぼ歩いて帰ってくると、ちょうど買い物袋を手にしたアルファさんと出くわした。

【アルフィーネ】「あ、おかえりなさい。ちゃんとご飯前に帰ってきましたね」

【ライ】「はい。アルファさんも、おかえりなさい。荷物持つね」

ひょいっと買い物袋を手に取ると、アルファさんは若干目を丸くさせていた。

【アルフィーネ】「力持ちになりましたね?」

【ライ】「え、そうかなぁ……?」

【アルフィーネ】「それに、背も伸びた気がします。大人になっているんですねぇ」

目を細め、アルフィーネさんが頭を撫でてくれる。嬉しいけれど、そろそろ卒業しなきゃいけない行いだった。

【アルフィーネ】「ふふふ。単純に嬉しいって顔じゃ、なくなってきましたね。心の方も成長してるみたいで何よりです」

【ライ】「嫌な大人にならないか、心配なんだ。最近は嫌なことばっかり考えてる」

【アルフィーネ】「嫌なことを考えないようにする。若しくは、適切に処理していくのも大人の仕事ですよ」

【ライ】「……難しいよ」

【アルフィーネ】「そうですね。今は、まだそのままで。大丈夫ですよ、貴方はきっと年を取っただけの大人にはならない」

【ライ】「……俺、アルファさんみたいな大人になりたいんだ。前にも言ったけど、今もその気持ちは変わらないよ」

【アルフィーネ】「……はい」

【ライ】「優しくて、誰かの力になれる人になりたいよ。だけど今は、何の才能もない癖にって、他人を羨んでばっかりなんだ」

胸につっかえていた塊を吐き出すと、アルフィーネさんは切なそうにふっと微笑んだ。

【アルフィーネ】「そう言ってもらえて、とても嬉しいです。私は、そんなに立派な人なんかではないけれど。貴方がそう思ってくれているのなら、これからもそうありたいと望み続けましょう」

【ライ】「……これからも?」

【アルフィーネ】「そう。どう足掻いたとしても、どれだけの才を持っていたとしても、一生満足行くまで埋まらないのが自分というものだと思うんです。停滞したまま生きることも、できるとは思うけれど」

それは、その通りだと思った。足りないものはいつだって湧いてくる。目標に辿り着いても、次の目標は必要なんだ。

【アルフィーネ】「優しくありたい。誰かの力になりたい。これらの望みは、特段何かしらの才能がなくても叶えられるはずです。形に拘らなければの話ですが――貴方はまだ、教職を希望しますか?」

【ライ】「…………うん」

【アルフィーネ】「狭き門とはなりますが、叶えられないことではないですよ。今でも。そんなに悲観することじゃあないです。って、他人だから勝手に言ったりもします」

他人ごとと言うけれど、そんなに突き放した感じにも思えない。って、いうよりも、他人ごとであることに救われるような気持ちにもなるんじゃないかな。

【アルフィーネ】「でも、どうしてまだ教師になりたいのですか?」

【ライ】「――こんな気持ちを大人に分かってもらえないのは、きっと辛いから」

【アルフィーネ】「ライ……」

【ライ】「俺と同じで、魔術が使えないことに悩む子はきっと沢山いると思うんだ。そういった子どもたちが相談できる身近な大人になりたいって、何となく思った」

【アルフィーネ】「確かに……今、非適合組の子どもの周囲にいるのは魔術が使える大人ばかりてす。需要はあるかもしれません。あっても、狭き門であることに変わりはないですが」

【ライ】「うん。それでも、そういった子どもたちの傍にいて、話をして、一緒に悩みたい。それぐらいしか出来ないけど」

【ライ】「それでも誰かの力になって、少しでも手助けがしたい。それが俺だったら良いなって……今は、そう思うよ」

俺の言葉を聞き届け、アルフィーネさんはふんわりと微笑んだ。

【アルフィーネ】「一度才能の壁によって挫けそうになったからこそ、決意が固いものになったんですね。と、すると――怒られるかもしれませんが、これは貴方にとって必要な出来事だったのかも知れません」

【ライ】「そうかも。無駄なことなんてないってことなのかなぁ」

あはは、と笑ってみた。笑えるぐらいに俺は元気で、前向きで、特に後ろ向きになる理由も今はなかった。

【ライ】「アルファさんみたいになれるとは思わないけど、貴方から受けたこの感情やこの気持ちを、少しでもみんなに伝えられたらいいなって思うよ」

【アルフィーネ】「……有難う、ございます」

【ライ】「えっ、なんで……お礼? お礼を言うのは俺の方だよ?」

【アルフィーネ】「ううん。有難う、ライ。貴方が、立派に成長してくれて……良かった……」

震えた声を吐き出して、アルファさんは目尻を拭った。

【アルフィーネ】「貴方がどう変わっても、どう生きようと、貴方の未来が明るいものであるように私は祈っています。いつでも……、いつまででも」

――そう祈ってくれた彼女は、俺を傷つけるために心を砕いた兄とは色んな意味で好対照だった。

【マシロ】「あっ、おかえりライ」

【ロル】「おかー……」

リビングではマシロとロルさんが一緒にテレビゲームをしていた。答辞、無事に終わったんだ。

といっても、二つコントローラーを繋いで対戦なんかをしている訳ではないみたい。

【ライ】「ただいま。ロルさん、今日も来てくれたんですね」

【ロル】「おう……マシロちゃんのためなら……えんやこら……」

ぎゅ~っとマシロに抱き着いて、頬を摺り寄せるロルさん。マシロも照れてはいるけど嫌がってはいないみたいで、ウサギが二匹じゃれあってるみたいだった。

【アルフィーネ】「えーっと……このゲーム、は……」

画面にはイケメンな男性キャラクター、メッセージを表示する枠、日付とパラメーターが表示されていた。なんだろう、育成ゲームかな?

【ロル】「ティヒヒ……お勧めの乙女ゲーム……そのキャラ、べーくんに似てるでしょ……」

【マシロ】「お陰で全く落とす気にならないぞ」

【アルフィーネ】「そうですよ。こんなの落としてどうするんですか」

ひどい言われようだった。

【ロル】「しかし……彼には双子の温厚で紳士的な兄が……」

【アルフィーネ】「えっ、そっち見せてください! そっち!」

【マシロ】「ええ~……」

アルファさんの掌返しの速さに、マシロは若干引いていた。どのカテゴリーがそんなに琴線に触れたんだろう。

ロルさんはほくほくの笑顔でアルファさんに画面の彼のお兄さんを紹介していて、興味のないマシロは俺の方に寄ってきた。

【マシロ】「気分は晴れた?」

【ライ】「うん。だいぶ。前みたいにとは、行かないと思うけど」

【マシロ】「いいよ。どんどん変わっていけ。私だって、もっといい女になるぞ」

【ライ】「うん。覚悟しておくね」

と、頷いて、それからマシロと同時に噴き出した。

【ライ】「俺たちには、まだこんな台詞似合わないよ」

【マシロ】「うん。なんか、おかしいな」

そうして二人、ころころ笑い転げた。

まだ子どもでいられるから、子どもでいよう。名残惜しさを感じながら、幼さを手放すその日まで。

【ベルタリウス】「結果のお知らせだよ、坊や」

稽古の時、出会い頭にそう言われた。俺の手には既にロングソードが握られていて、やる気満々だったのに。

【ベルタリウス】「残念なことに、アタリをつけていた情報とはことごとく一致しなかった。お前の母親はどこの誰とも知れない馬の骨なのだろう。まぁ多分恐らくきっと間違いなくビッチだろうなという気はするが」

その、まるで最初から答えが用意されていたみたいに滑らかな口調に違和感を覚えた。

「最初から答えが用意されていた」、みたいに――。

【ライ】「それって」

【ベルタリウス】「おっ。おこか? ムカチャッカするか?」

【ライ】「嘘、ですか?」

ですよね、とまでは言えなかった――けれど。

ベルタリウスさんの唇は、にやりと弧を描いた。それだけで俺は正解を掴んだのだと確証する。

【ベルタリウス】「勘のいいガキだな。大嫌いだよ」

【ライ】「本当の、ことは……」

【ベルタリウス】「いつだって吐き気の催すようなことだ。でもそんなことは関係ない。お前を上手い事騙して、俺は俺の知りたいことを俺だけ独占するんだ」

【ライ】「……卑怯ですよ」

【ベルタリウス】「騙される方が悪いんだよ。勉強代として、あと五・六年お前の時間を貰おうか。俺はガキのゲロ掃除なんざしたくないし、嘘をつくのが下手くそな奴のフォローもしない」

【ライ】「それは、優しさじゃあ……ないですよね」

【ベルタリウス】「俺を優しい人だと思うのならそれを狂信しろ。さぶいぼの出るような信仰だが、俺にとって不利益が出るようなものじゃあないしお前の自由だからな」

【ライ】「……やられたなぁ」

珍しく歩み寄ってくれたから嬉しくなってしまったけれど、そうか。最初から俺には嘘を握らせて、自分だけが真実を知るつもりだったんだ。

【ライ】「らしいな、って思いました。それに、五・六年すれば教えてくれるのは優しいです」

【ベルタリウス】「そうだろう? それまでに俺かお前が死ななければの話だが」

【ライ】「どちらもないことを信じます。信仰は俺の自由だから」

【ベルタリウス】「拗ねないガキは、面倒ではないが気持ちが悪いな。――よって、」

――と、唐突に剣を振りかぶられた。

避けないと――と思った瞬間、俺は手の中のものが「重いな」と感じていた。

だから、自然とそれを投げ捨てて、回避するという発想に至る。

紙一重で斬撃から逃れ、毎度の如く無様に地面を転がった。

【ベルタリウス】「お前、今日限りで破門。才能ねぇから」

【ライ】「うぇえっ? 避けたじゃないですか!」

【ベルタリウス】「剣を捨てて避けるやつに剣教えても仕方ないんだよなぁ……」

【ライ】「うっ」

【ベルタリウス】「生死の係った場面での直感的選択が人間の本質を示すんだ。つまり、お前に剣はいらない。なくても生きていける」

【ライ】「……あ」

別に俺を慰めるためでもない、突き放した言葉に、ふわりと掬い上げられた気がした。

【ベルタリウス】「剣を持つ必要はないし、寧ろ二度と持つな。剣を捨てて転がるのが、お前に似合いの生き方なのだろう」

【ライ】「……はいっ!」

【ベルタリウス】「うわ……むっちゃ笑顔……引くぅ……」

【ライ】「俺、たとえどんなに変わっても、生きれるように生きていきます」

【ベルタリウス】「しかもまた前向きになってるぅ……もうホント、お前嫌い……」

【ライ】「今までご指導有難うございました!」

【ベルタリウス】「うぇえっ、とどめに青春っぽく締めようとしてやがる。こなくそ、俺を吐かせる気か!」

うえっうえっ、とえずきつつ、ベルタリウスさんは懐を探る。

そして探し当てたそれを、俺の眼前に突き出した。

【ライ】「これ……クレスさんのネクタイ……?」

【ベルタリウス】「やんよ。もういらねぇから。んで、俺ぁ帰る」

【ライ】「あ……はい。有難うございました」

くるりと背を裏返して、ベルタリウスさんが去っていく。

その背に何か声をかけようかなと思ったけれど、吐かれたら困るのでやめにした。

けれど、数歩歩いて彼の方から立ち止まった。

【ベルタリウス】「卒業おめでとう、ライ=エイヴォリー」

【ライ】「えっ」

早口で言って、それからベルタリウスさんは今度こそ去ってしまった。

真実はくれなかったけれど、兄はきちんと対価をくれた。それも、俺が喜ぶものと、望んでいたものだ。

父のネクタイと、兄からの祝福の言葉。その二つだけで、俺はもう十分だと思った。


そして――卒業式当日。

【マシロ】『まだ空気は冷たいけれど、冬に耐えてきた花が開こうとしています。今日、私たちはエルーデュ総合学院初等部を卒業します――』

無難な滑り出しから始まったマシロの答辞。僅かな声の震えが伝わってきて、俺は手を握り締めて「がんばれ!」と心の中で応援した。

普通は四季の流れに沿った学院行事の思い出を語るらしいのだけど、途中編入のマシロにはそれがない。だから少し心配だったんだけど、後輩との思い出に触れ、教師陣への感謝を流れるように述べていた。

そして、最後に――。

【マシロ】『答辞のお話を頂いた時に、私は正直躊躇いました。作文がとても苦手だったからです。それでも受けようと思ったのは、苦手なことを克服したいという気持ちからでした』

【マシロ】『人前で話をするのも得意ではありません。だから今、こんな大勢の前で話すのはとても緊張しています』

【マシロ】】『だけど――これは、紙には書いてないことですが――ここに立てて良かったと思います。逃げずにいたから、この場所に立つことが許されたのだと思っています』

【マシロ】『それは将来についても同じで、私は、苦手と思っていることを職業にしたいと思いました』

【ライ】(……え?)

【マシロ】『人に何かを教えたいと思いました。教えて、正しく理解してもらって、それを役立てて欲しいという気持ちが、私の中で徐々に膨らんでいきました。そう思うけれど、人に何かを教えることは苦手です。けれど、今日ここでお話が出来たように、それも克服して立派な教師になりたいのです』

【ライ】(ええええっ!?)

俺と同じ夢……? あ、そういえば俺の側は教えてたんだっけ……。

【マシロ】『勿論、そんな立派な考えだけじゃなくて……憧れている人がその道を目指しているから、便乗するようなところもありました。けれど、切っ掛けはどうあれ挑んでみたいと思えたことが私は嬉しいです。切っ掛けをくれた人には感謝を述べたいと思います。有難うございます』

【ライ】「マシロ……」

俺も――俺も、そんな風に思って、いいかな。

切っ掛けがどうあれ、憧れた人のようになりたいと思えたことを、大切にして進んでもいいのかな?

【マシロ】『もしも教職の才能がないとしても、努力しても報われないとしても、それでも努力を続けたいと思いました。直接の結果に結びつかなくても、きっと私の人生に役立つものを残してくれると思うのです』

……ううん。進んでいこう、その道を。俺だって、報われなくても努めたいんだ。たとえ叩き潰されるとしても、それまでは歩く足を止めたくない。

【マシロ】『――最後に。私たちはこれからも常に目標を持ち続け、更なる飛躍を目指して邁進していくことをここに誓います。そして、本日ご列席頂きました皆様の日々が、これから益々輝かれますことをお祈り申し上げます。卒業生代表、マシロ=グレイリー』

彼女が頭を下げた時、割れんばかりの拍手が講堂を包んだ。

俺も、手が痛くなるくらいに打ち鳴らした。身内の贔屓目なしに、彼女の言葉に勇気を貰ったから

こちらこそ有難う、マシロ。きみと同じ道を歩けることが、今はすごく嬉しいんだ。

【エドガー】「……で、結局子犬のように純粋な少年をだまくらかして手に入れた真実とは?」

【ベルタリウス】「洗面器を用意してから来いよ」

【エドガー】「そんなに酷いのかよ……誰なんだよ母親は……」

【ベルタリウス】「ライ=エイヴォリーというのは、俺たちに絶望を与え、クレスとしての人生をやり直させるために作られた子どもだ。つまり、クレスに似ていれば似ているほど良い」

【ベルタリウス】「だから俺は、主にクレスの近親者をメインに遺伝子情報を集めていた。そして、この推測は正しかったらしい」

【エドガー】「えっ……ま、まさか、じゃあ、クレアか……?」

【ベルタリウス】「あの年では卵子を使えない。そして、クレスはとても母親に似ていた。これから導き出される答えとは?」

【エドガー】「…………うぇえっ!」

【ベルタリウス】「喉からゲロがやってきた。話は、おしまい」

【制作スタッフ】(敬称略)
シナリオ:無銘774
校正:Qm(http://overcook.but.jp/)
シナリオアドバイス:ぽてと

All Posts
×

Almost done…

We just sent you an email. Please click the link in the email to confirm your subscription!

OKSubscriptions powered by Strikingly